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タスマン海マヌカハニー戦争

ニュージーランドの特産品「マヌカハニー」。その殺菌作用の高さから日本でも根強い人気があります。(コロナウイルスに効くという噂もありました。)

世界のマヌカハニー市場は今後も拡大し続けると予想されています。
マヌカハニーのマーケットプライスも高騰し続けており、昨年ロンドンの高級百貨店ハロッズでは、230g入りの高級マヌカハニーが$2,700NZドル以上(約20万円)で販売されていました。

https://www.newstalkzb.co.nz/on-air/early-edition/audio/jim-mcmillan-nz-produced-manuka-honey-to-retail-for-2700-at-londons-harrods/

現在、オーストラリア産の「マヌカハニー」を巡って、タスマン海をはさんでニュージーランドとオーストラリアの間で法的な係争が行われています。
(タスマン海とは、ニュージーランドとオーストラリアの間にある海洋のこと。)

ニュージーランドのマヌカはちみつ製造者団体は「マヌカハニー」の名称を国際的な知的所有権を主張しており、中国、米国、英国、EUにおいて商標登録の申請を進めています。

ニュージーランド側は「ニュージーランド以外で生産された偽のマヌカハニー」が「真正なニュージーランドのマヌカハニー」と同一視されることを防ぐ措置だとしていますが、「単にマーケットを独占しようとしている措置だ」とオーストラリアの関係者は猛烈に批判しています。

オーストラリアにはマヌカハニー生産会社が65社あり、そのほとんどはタスマニア州にあります。

中国の知的財産裁判所(Intellectual Property Court)がニュージーランドの主張を認めた場合、オーストラリアは年間約1AUSビリオンドル(約756億円)のマーケットを失うとも言われています。


★「マヌカハニー」とは

その名の通り、「マヌカの花蜜からミツバチが作り出したはちみつ」のことです。

マヌカの木はもともとオーストラリア原産で、数百年前にマヌカがニュージーランドに持ち込まれたと言われていますが、オーストラリアよりもニュージーランドの気候のほうが繁殖に適していたためニュージーランド全土(主に北島)に広がりました。

マヌカは日本語では「ギョリュウバイ」。ギョリュウ科のギョリュウ(檉柳)のように花が小さく、バラ科のウメ(梅)に花が似ているので「ギョリュウバイ」と呼ばれますが、種としてはまったく別ものです。

針葉樹のネズ(杜松)に似ていることから「ネズモドキ」と呼ばれることもあり、日本語の属名には「ネズモドキ」が使用されています。

英語では下記のように表記します。

属名:Leptospermum(ネズモドキ属)

種名:Leptospermum Scoparium(ギョリュウバイ)


★マヌカハニーの歴史

▶︎1822年

Wallace船長の帆船Isabella号がヨーロッパからオーストラリアに最初のミツバチを持ち込んだ。このミツバチは黒い西洋ミツバチ(メリフェラ種Apis mellifera )だったと推測される。

(ヨーロッパの教会では古くからハチミツの副産物である蜜ろうで作られたロウソクを使っていたため、修道院などでは日常的に養蜂が行われていた。)

▶︎1839年

プロテスタント協会メソジスト派のシスター Mary Bumpyがオーストラリアからニュージーランドにミツバチ(メリフェラ種Apis mellifera )を最初に持ち込んだ。

▶︎1840〜1980年代

マヌカはちみつは、他のはちみつよりも粘り気が強いため収穫するのに労力がかかり、その濃い色とクセのある香りからまったく人気はなかった。

多くの土地は牧畜を行うために開墾され、雑草のように逞しく生えてくるマヌカの木は一般的に「何の役にも立たない迷惑な木」だと思われていた。

マオリの人々など、マヌカ蜂蜜の薬効作用に気づいていた人はいたものの、取引価格が低く採算が取れないため、ほとんど自己消費をするためだけに生産されていた。

▶︎1988年

ニュージーランド・ワイカト大学のモラン博士がマヌカ蜂蜜に含まれる独自の抗菌活性を確認し、その抗菌成分をUMF(ユニーク・マヌカ・ファクター)と名付けた。

しかし、抗菌作用をもたらす物質の特定には至らなかった。

▶︎1994年

英国王立医学会(RSM)ジャーナルで、マヌカ蜂蜜がヘリコバクター・ピロリ菌に対し効果を示す可能性が公表される。

▶︎1998年

ニュージーランドの養蜂家組合AMHA(Active Honey Association)がUMFを商標登録。

AMHAは後に名称を変え、UMFHA(UMF Honey Association)となる。

▶︎2008年

ドイツ・ドレスデン工科大学のトマス・ヘンレ教授がマヌカ蜂蜜の抗菌活性(UMF)はメチルグリオキサール(Methylglyoxal、略称MGO)によるものであることを発見。

注)UMF、MGOについては末尾の参考資料参照。

▶︎2009年

ニュージーランド・ワイカト大学の研究者 (Christopher Adams博士、Merilyn Manley-Harris博士、Peter Molan博士)が、マヌカ花蜜中の糖質の一つ、ジヒドロキシアセトン (dihydroxyacetone, DHA)が自然変換しメチルグリオキサール(MGO) が作り出されることを発見。

▶︎2016年

シドニー (University of Technology )の微生物学者 Nural Cokcetin博士の研究により、80種類の「オーストラリア産のマヌカハニー」サンプルのうち22種類には「ニュージーランド産のマヌカハニー」よりもMGOが多く含まれていたと発表し大きなニュースになった。

しかし、この研究に用いられたはちみつのほとんどは、厳密にはマヌカ(Leptospermum Scoparium)から作られたものではなく、同じネズモドキ属(Leptospermum)の他の植物だった。

最も高いMGO値を示したのは、ニューサウスウェールズ州Northern Rivers地方のJellybushと呼ばれる植物(学術名は、Leptospermum polygalifolium)。

また、この研究にはオーストラリアの産業界からも資金が提供されていたため、ニュージーランド側は「消費者をミスリードする研究発表」と非難。

▶︎2017年

英国Trade Mark Registryが、「ManukaはLeptospermum scopariumを意味するマオリ語である」と、「Manuka」の商標登録を認めた。

同時に英国Trade Mark Registryは、「Leptospermum scopariumはニュージーランド以外にも存在するが、別の一般的な言葉で呼ばれているため、ニュージーランドで育った種のみをManukaと呼ぶのが妥当。」という見解を示した。

▶︎2018年

ニュージーランド政府がニュージーランド国内において小売り容器に瓶詰めされるマヌカハニーについて、「本物のマヌカハニーであること」の定義を明文化した。

(具体的な検査基準については末尾の参考資料参照。)

これにより、ニュージーランドで製造され「マヌカ」と表示された小売用のはちみつは、輸出前にニュージーランド第一次産業省(MPI)に認可された研究施設で検査を受け、そのはちみつが同省の採用する定義に適うことを確認しなくてはならなくなった。

オーストラリア産のマヌカハニーや、ニュージーランド国外で瓶詰めされ、スーパーなどのプライベード・ブランド(PB)として販売される製品は、MPIの科学的な分析基準に沿う必要はない。


★両者の主張

▶︎ニュージーランド側の言い分

◎そもそもManukaはニュージーランド固有の言語、マオリ語である。

◎「シャンペン」「スコッチウィスキー」などと同様に、原産地で生産されるものだけを商品名として商標登録することが認められるべきだ。

◎ニュージーランド産のマヌカハニーを求めている消費者を混乱させないためだ。

◎オーストラリアの業者は厳密にはマヌカ(Leptospermum Scoparium)ではない花蜜から作られたはちみつも「Manuka Honey」と称して販売している。割安な値段で販売しマーケットに悪影響をもたらしている。

注)ニュージーランドに生育するLeptospermum(ネズモドキ属)はマヌカ(Leptospermum Scoparium)一種のみ。これに対して、オーストラリアには80種以上のLeptospermum(ネズモドキ属)の植物があり、Leptospermum scopariumでないものも一般的に「マヌカ」と呼ぶことがある。

◎オーストラリアはニュージーランドがこれまで努力して世界に広めた「Manuka」というブランドを勝手に利用している。

◎マヌカの木はもともとオーストラリア原産だがオーストラリアの養蜂家が「自称マヌカハニー」を生産し始めたのはたった10〜20年前のことだ。ニュージーランドのマヌカハニーの歴史はもっと長い。


▶︎オーストラリア側の言い分

◎オーストラリアでは昔からLeptospermum(ネズモドキ属)の木をまとめて「マヌカ」と呼ぶことが多かった。

◎ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州、タスマニア州にはニュージーランドのマヌカと学術的に同一の種(Leptospermum Scoparium)がある。

◎タスマニアなどでは古くから「Manuka」という言葉が日常的に使われていた。

◎ニュージーランドが世界にマヌカハニーのブランドを広めたことは認めるが、「マヌカハニー」という一般用語の所有権をニュージーランドが独占するのは間違っている。

◎以前からオーストラリアの会社は「マヌカハニー」という商品名でハチミツを販売してきた。マヌカハニーの需要が国際的に高くなった今になって利益を独占するためにニュージーランドが急にルールを変えようとしている。

オーストラリアのタスマニアで養蜂業を営んでいる業者は、下記のようなことも言っています。

“All the language we’re speaking now comes from another culture. We’re not trying to own the word here. We’re trying to use the word we’ve used since European settlement here. What can’t we call it manuka?”

(タスマニアで使われている言葉はすべて外から入ってきたものです。「マヌカ」という言葉はヨーロッパ人の入植以来ずっと使われてきました。なぜ我々が「マヌカ」と呼んではいけないのでしょうか?)

また、自社のマヌカハニーをニュージーランドの検査会社に送り、精密検査をしてもらいましたが、ニュージーランド政府の定めた科学的な基準値はすべてクリアしたそうです。(しかし、「ニュージーランド産でない」という理由でニュージーランド政府の基準では真正なマヌカハニーとは認められません。風味はニュージーランド産のマヌカハニーとはかなり異なるようです。)

学術的な見地から言えば、現在マヌカの木は1種類とされていますが、ニュージーランド国内でも地域により特徴が大きく異なるため、1種類とされているものをいくつかに分類しようという議論も学会内にあります。細かく分類された場合、「タスマニアのマヌカ」は「ニュージーランドのマヌカ」とは学術的に別種ということになりますが、分類するとしても何年もの年月がかかります。


まとめ

マオリの人々にとって「マヌカ」は特別な存在です。ヨーロッパ人の入植後、マオリ人の多くは不便で辺鄙な場所に追いやられてしまいました。そういった地域には家畜の放牧に適していない急傾斜地も多く、遊休地として長年放置されてきました。マヌカの木は土壌の質が悪くても崖のような地形でもたくましく根を張り成長するため、急傾斜地の多くはマヌカの森となり、結果的にマヌカハニーを生産できる環境がつくられました。また、マオリの人々は先祖代々マヌカの葉や種を病気の治療などに利用してきました。

科学的には真正なマヌカハニーを生産しているにもかかわらず、「ニュージーランド産ではない」と理由で梯子を外された形になったタスマニアの養蜂業者はニュージーランドには完全に裏切られた気持ちでいるしょう。いままでニュージーランドとオーストラリアの養蜂業界はさまざまな形での交流を通してお互い情報交換や技術援助をしてきましたが、今回の問題でその「信頼関係」に大きなヒビが入ってしまったとも言われています。